セピア色の窓から朝日が差し込んでいる。
眠っている清の美しい横顔に光が差して、幻想的に浮かび上がる。
清「美しい、、」
清は、目を覚ますと、差し込む光を左手でぐっと握った。
清は、暫くの間、目を閉じて横になっていた。
すると、母親のはるが、清の部屋の障子を開けて、話しかけてくるのだった。
はる「清、朝ごはんを食べなさい」
清「別に、食べなくても、、」
はる「朝ごはんは、ちゃんと食べなさい」
清「はい」
清は、布団から起き上がると、机の前に座って、筆を取った。
清「光陰矢の如し。我、光を逃さぬようにと、左手に力を込めて握りぬ」
清は、細い筆で紙に書きつけると、布団を畳んで顔を洗いに行った。
居間では、清の父親の茂が、朝ごはんを食べている。
はる「清、今日も散歩に行くの?」
清「うん」
はる「兄さんの一の手伝いをしなさいよ」
清「、、、」
茂「毎日、本を読んでいるのか?」
清「はい」
茂「気が済んだら、兄さんの手伝いをしなさい」
清「はい」
清は、目の前の一汁一菜の朝ごはんを食べると、家の表に出て行った。
清が、朝起きて、朝ごはんを食べて散歩をするのは、母親のはるとの約束だからだった。
清「朝の光が眩しい、、」
清は、立ち止まると手を翳して、初春の太陽を見上げた。
そして、近所をひと回りすると、家に帰ってくるのだった。
清は、二十代半ばという歳でありながら、何も仕事をしていなかった。
毎日、純文学を読み耽り、自分でも文章を書くことに、没頭してしまっているのだった。
清の母親が、息子を心配して、せめて散歩に来させるのも、無理もない事だった。
清は、作家になるのが夢なのだが、何のコネクションもなく、出版社に原稿を持ち込んでも、相手にしてもらえないのだった。
清「せめて、出版社に何かのつてがあれば、、」
自分の部屋に戻った清は、机の上に置いてある雑誌を手に取った。
清「君 死にたまうことなかれ、、」
清は、雑誌の「明星」に載っている、与謝野晶子の詩のファンだった。
清「僕は、足に障害があるから、戦争に行かないだろう。歩いてもわからないくらいだけど、戦地には行かない」
清は、机の前に座って、雑誌をめくった。
清「兄は、結核が治ったばかりだ。やはり、兄も、戦地には行かないだろう」
清は、与謝野晶子の詩を朗読し始める。
清「君、死にたまうことなかれ。
ああ、弟よ、君を泣く。
君、死にたまうことなかれ。
末に生まれし君なれば、親の情けは勝りしも、親は、刃を握らせて、敵を殺せと教えしや」
清は、詩を途中で、読むのを止めると、炭を擦って、細い筆で描き始めた。
清「君よ、生きてこその春。
再び、桜が咲きぬるに、君は、如何に生きん。
毎日は、怠慢なりや。
堕情の繰り返しなりや。
桜が咲きぬるに、布団から出ずして、何とする」
清は、和机に方杖をつくと、与謝野晶子の「みだれ髪」を手に取ってめくった。
清「僕には、こんな美しい世界が書けない。どうしたら書けるのだろうか?」
清も、自分の文章が、それほど良くないことは、わかっているのだった。
清「与謝野晶子の書く世界は、美しい」
その時、障子の外から、兄の一の声がした。
一「清、今日は、お客さまが多いんだ。手伝ってくれないか?」
清「うん」
清は、「みだれ髪」を閉じると、父と兄の経営する写真館に足を運んだ。
清「本当だ。お客さまが、待っておいでだ」
一「清、お客さまの話し相手をしていておくれ」
清「うん」
清は、椅子に座って待っている、数人の話し相手をしている。
清「奥さま、今日は、記念撮影でいらっしゃいますか?」
晶子「そうなのよ」
鉄間「晶子、美しい青年じゃないか?」
晶子「あなた、写真屋さん?」
清「はい、僕は、写真屋の弟です」
晶子「あなた、美意識が高いのね」
清「そんな、僕は、、」
晶子「流石は、写真屋さんの弟さんだわ」
一「清、そのお二人は、作家先生だよ」
清「え?」
清「、、、」
晶子「あなた、本が、お好きなの?」
清「はい、、」
清は、まさか、憧れの与謝野晶子と与謝野鉄幹に会えるとは、思っていなかった。
清「貴女が、与謝野晶子先生ですか。お会いできて光栄です」
晶子「あら。鉄幹ではなく、私の方?」
清「与謝野鉄幹先生の方も、もちろん尊敬しております」
鉄幹「晶子、おまえ美青年に好かれたね」
晶子「おもしろいわ」
晶子は、頬に手を当てて笑った。
清「与謝野鉄幹先生、与謝野晶子先生、僕も、文章を書いています。見てもらえないでしょうか?」
鉄幹「君が、文章を書いているのかね?」
清「はい。先生のように上手くは、とても行きませんが、、」
鉄幹「晶子、見てあげなさい」
晶子「あなた、家には、小さな子供もおりますのに、、」
鉄幹「たまには、美青年を見て、気晴らしも良いだろう 笑」
晶子「まあ、そうですわね 笑」
鉄幹「君、清くんと言うんだね?」
清「はい」
鉄幹「うちに、来なさい。うちの住所は、この店の台帳に書いてあるから」
清「はい。ありがとうございます」
次は、撮影しているシーンをお願いします。
一「はい。ここを、見ていてくださいね」
一が、カメラを操作している。
一「撮します」
「バシャッ」
大きな音を立てて、夫婦の記念写真が撮された。