JIENA CLUB-2020

移りゆく季節の中で、思うことを徒然に書いて行きます。読んでいただけると嬉しいです。

「あさきゆめみし〜dream days〜」

セピア色の窓から朝日が差し込んでいる。

眠っている清の美しい横顔に光が差して、幻想的に浮かび上がる。

清「美しい、、」

清は、目を覚ますと、差し込む光を左手でぐっと握った。

清は、暫くの間、目を閉じて横になっていた。

すると、母親のはるが、清の部屋の障子を開けて、話しかけてくるのだった。

はる「清、朝ごはんを食べなさい」

清「別に、食べなくても、、」

はる「朝ごはんは、ちゃんと食べなさい」

清「はい」

 

 

清は、布団から起き上がると、机の前に座って、筆を取った。

清「光陰矢の如し。我、光を逃さぬようにと、左手に力を込めて握りぬ」

清は、細い筆で紙に書きつけると、布団を畳んで顔を洗いに行った。

 

居間では、清の父親の茂が、朝ごはんを食べている。

はる「清、今日も散歩に行くの?」

清「うん」

はる「兄さんの一の手伝いをしなさいよ」

清「、、、」

茂「毎日、本を読んでいるのか?」

清「はい」

茂「気が済んだら、兄さんの手伝いをしなさい」

清「はい」

清は、目の前の一汁一菜の朝ごはんを食べると、家の表に出て行った。

 

 

清が、朝起きて、朝ごはんを食べて散歩をするのは、母親のはるとの約束だからだった。

清「朝の光が眩しい、、」

清は、立ち止まると手を翳して、初春の太陽を見上げた。

そして、近所をひと回りすると、家に帰ってくるのだった。

清は、二十代半ばという歳でありながら、何も仕事をしていなかった。

毎日、純文学を読み耽り、自分でも文章を書くことに、没頭してしまっているのだった。

清の母親が、息子を心配して、せめて散歩に来させるのも、無理もない事だった。

清は、作家になるのが夢なのだが、何のコネクションもなく、出版社に原稿を持ち込んでも、相手にしてもらえないのだった。

清「せめて、出版社に何かのつてがあれば、、」

 

自分の部屋に戻った清は、机の上に置いてある雑誌を手に取った。

清「君 死にたまうことなかれ、、」

清は、雑誌の「明星」に載っている、与謝野晶子の詩のファンだった。

清「僕は、足に障害があるから、戦争に行かないだろう。歩いてもわからないくらいだけど、戦地には行かない」

清は、机の前に座って、雑誌をめくった。

清「兄は、結核が治ったばかりだ。やはり、兄も、戦地には行かないだろう」

清は、与謝野晶子の詩を朗読し始める。

清「君、死にたまうことなかれ。

ああ、弟よ、君を泣く。

君、死にたまうことなかれ。

末に生まれし君なれば、親の情けは勝りしも、親は、刃を握らせて、敵を殺せと教えしや」

清は、詩を途中で、読むのを止めると、炭を擦って、細い筆で描き始めた。

清「君よ、生きてこその春。

再び、桜が咲きぬるに、君は、如何に生きん。

毎日は、怠慢なりや。

堕情の繰り返しなりや。

桜が咲きぬるに、布団から出ずして、何とする」

清は、和机に方杖をつくと、与謝野晶子の「みだれ髪」を手に取ってめくった。

清「僕には、こんな美しい世界が書けない。どうしたら書けるのだろうか?」

清も、自分の文章が、それほど良くないことは、わかっているのだった。

清「与謝野晶子の書く世界は、美しい」

 

その時、障子の外から、兄の一の声がした。

一「清、今日は、お客さまが多いんだ。手伝ってくれないか?」

清「うん」

清は、「みだれ髪」を閉じると、父と兄の経営する写真館に足を運んだ。

清「本当だ。お客さまが、待っておいでだ」

一「清、お客さまの話し相手をしていておくれ」

清「うん」

清は、椅子に座って待っている、数人の話し相手をしている。

清「奥さま、今日は、記念撮影でいらっしゃいますか?」

晶子「そうなのよ」

鉄間「晶子、美しい青年じゃないか?」

晶子「あなた、写真屋さん?」

清「はい、僕は、写真屋の弟です」

晶子「あなた、美意識が高いのね」

清「そんな、僕は、、」

晶子「流石は、写真屋さんの弟さんだわ」

一「清、そのお二人は、作家先生だよ」

清「え?」

一「おまえが酔心している、与謝野晶子与謝野鉄幹だよ」

清「、、、」

晶子「あなた、本が、お好きなの?」

清「はい、、」

清は、まさか、憧れの与謝野晶子与謝野鉄幹に会えるとは、思っていなかった。

清「貴女が、与謝野晶子先生ですか。お会いできて光栄です」

晶子「あら。鉄幹ではなく、私の方?」

清「与謝野鉄幹先生の方も、もちろん尊敬しております」

鉄幹「晶子、おまえ美青年に好かれたね」

晶子「おもしろいわ」

晶子は、頬に手を当てて笑った。

清「与謝野鉄幹先生、与謝野晶子先生、僕も、文章を書いています。見てもらえないでしょうか?」

鉄幹「君が、文章を書いているのかね?」

清「はい。先生のように上手くは、とても行きませんが、、」

鉄幹「晶子、見てあげなさい」

晶子「あなた、家には、小さな子供もおりますのに、、」

鉄幹「たまには、美青年を見て、気晴らしも良いだろう 笑」

晶子「まあ、そうですわね 笑」

鉄幹「君、清くんと言うんだね?」

清「はい」

鉄幹「うちに、来なさい。うちの住所は、この店の台帳に書いてあるから」

清「はい。ありがとうございます」

 

次は、撮影しているシーンをお願いします。

一「はい。ここを、見ていてくださいね」

一が、カメラを操作している。

一「撮します」

「バシャッ」

大きな音を立てて、夫婦の記念写真が撮された。